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12/28/2005 「騙し合いからはじめよう」
海の向こうからクリスマスのグリーティングやプレゼントが届き、ふとNYで暮らした日々を思い出していたらまたもやアメリカからゲストが突然来日。今度は昔のルームメイトG。外見を見てゲイだと思い込み、一緒に住んでみたらイエローフィーバーが発覚した、あの彼だ。この一連の話はとてもネット上には詳しく書けない、、汗。とにかくその当時の私の、我ながらナイスだった対処法がよく効いてGとの間に更に深くなった友情が今でも続いているというところが凄い。同居時はもちろん家賃のトラブルもあり、2人で泥沼の戦いを繰り広げたこともある。あの手この手を使って「ミノリは騙せない」と気づくまで、彼は私から1セントでも多くお金を巻き上げようとした。その決戦を境に彼の態度は一変し、クリスマスには今でもアップルケーキを焼いて送ってくれる。心を開いてからはけっこうかわいいことをするカリフォルニア・ボーイだ。もう30も半ばだろうけど、今でも子供みたいだ。

彼との一件以外でも、欧米人との友情は騙し合いすれすれのところまで行ってから生まれることが多い。「お!こいつバカじゃないんだな」と思った瞬間にそれまでフェイクだった友情が本物になる。その瞬間がたまらない。

しかし。日本に帰国して、多くを語らない人種である日本人には同じやり方では通用しないことがわかり、誰とも深い信頼関係を築いていくことが困難になった。恋愛なんてもってのほかだ。この感覚がすごくむずがゆい。色々考えても、自分は欧米人とのほうが素直で「ホンモノの自分」をさらけ出し合うことができているように思う。イエス・ノーをはっきり言う性格も知らぬ間に身についたし。性格なんて環境で変わるものだからね。

話が飛んだ。。とにかくGの再来日にびっくりしてたらこんな日記になってしまった。年内はGのために時間が取れるようなスケジュールではないので(急に来るのが悪い!笑)、今日は大人しく仕事に戻ることにします。今宵の美味しい泡とワインを期待しつつ・・・

楽譜作りで目が痛い今日この頃です。。嗚呼。



12/22/2005 「未来の共演者」
指揮者Zこと桑原鎮男氏が同じ職場のファゴット吹きAndyを連れて来日中で、彼を囲むパーティーが新宿で開催されました。Zは現在バージニア交響楽団主席指揮者、そしてフィラデルフィア管弦楽団でエッシェンバッハの元でアシスタント務める、若手ながら輝かしい経歴をもつ人。夏にお会いして以来親しくなり、冗談半分で「なんかやろうよ!」ということになり、多くの人のサポートを受け2006年にはもう共演が決定。また、今日のパーティーでは名前は知っていても会ったことがなかった人々にも出会うことができ、有意義な時間を過ごすことができました。東大・芸大関係者、それからアメリカ生活経験者が多く、身になる話がたくさん聞けて面白かった。彼等の滞在中に運良く私もオフ日があるので、おのぼりさんとラーメンツアーも決行決定。

今年の31日は新宿でライヴ(jazzとbossa nova中心)ですが、そのあとも六本木ヒルズでの楽しそうなイベントのお誘いが(演奏あり!?)。詳しくは年明けの日記で。新宿のライヴハウスでも年越しできるので皆さんふるってご来場ください。

Merry Christmas & Happy New Year!


左:Andy(ヴァージニア交響楽団・ファゴットプレイヤー)
右:Zこと桑原氏(ヴァージニア交響楽団・フィラデルフィア管弦楽団指揮者)




12/17/2005 「旅路の果て」
アドリブだらけの旅を終えようとしています。イスタンブールには夜行列車のwaiting listに引っかからず行くことができなかったのでその代わりに友人達とブルガリアのいくつもの山脈をBMWで突っ走る旅へ。セルビア、マケドニア、ギリシャの国境付近を走る。こういう楽しみは日本に住む者には味わえないものだな、と。ブラゴエフグラッドとヴェリングラードを中継地点として宿をとり、リラ村にも寄って世界遺産のリラの僧院にも連れて行ってもらう。ひっそりとした山奥に隠れるように建てられた教会と修道院は圧巻。裏のレストランで食べた名物のマスと修道院のベーカリーで作られているパン、そして羊のヨーグルトに蜂蜜のかかったデザートも忘れ難いものでした。




ソフィアを出て雪の降るワルシャワへ降り立つ。残された美しい旧市街以外は近代化されてしまったワルシャワの街並みを見て寂しくなる。建物には銃弾の跡も残ったままだ。人々も悲しく冷たく、英語がわからないフリをされて逆に騙される事件も起きてしまった。大した額ではない、と泣き寝入りするから日本人目的のメーター改造タクシーなどが出現するのだと思うと、こういうことがすごく悔しい。ホテルに戻って熱が再発、寒さで咳も止まらず、クラクフに行く元気もなかった。その代わりに久しぶりに会った友人と食事したり、ワルシャワでそれなりに楽しい時間を過ごせた。




ワルシャワで凍えながら2泊したあと友人宅にスーツケースを預け、身軽でベルリンまで電車移動。国境付近ではコンパートメント内に誰も居なくなる。けっこう危険。ベルリンに着くと、人々の英語が完璧になり、落ち着く。緯度は同じくらいで寒いはずなのにワルシャワの寒さとは質が違って柔らかい空気、で、大都市特有のポジティヴな雰囲気。着いたその夜ベルリンフィルを聴きに行く予定が、ヤンソンスが病欠とのことで却下。

翌朝、ICEでドレスデンに移動。友人にお世話になりつつ、この美しい街に2泊。グリューワインで全身蕁麻疹発生事件もあったが、歴史あるクリスマスマーケットは大いに楽しんだ。Rシュトラウスの知られていないオペラ「ダーナエの愛」もファビオ・ルイージの指揮で観ることができた。来年が800年祭ということで街中コンストラクションでめちゃめちゃではあったけどここで思わぬ旧友との10年ぶりの再会もあり、充実した2日間だった。





次に訪れたのがワイマール。ゲーテ広場にホテルをとり、1日もあれば観光も終えられる小さな街並みを徒歩で、時々バスを駆使しててきぱきと周る。リストの家(冬季休館)向かいにあるバウハウス大学の学生に学校の内部を見せてもらったり、デザイン好きにもたまらない街だった。夏にゆっくり訪れたい街のひとつ。本当に素敵なところ。





ワイマールからフランクフルトに寄るつもりだったが、結局ベルリンに戻る。ベルリンには魅力が詰まりすぎていて、旅をしているうちにどうしても外せなくなってしまったからだ。首都にはどうしても世界一流のモノが集まってくる。そんな空気に久々に触れたくなった。完全なるNY・東京かぶれだ。2泊の滞在中にベルリンフィルのリベンジを決行、バレンボイムのチャイ5を堪能(彼は私の旅先に絶対現れます。笑)。ホテルで出会ったオージーと意気投合し、バウハウス・アーカイヴやドイツ連邦議会議事堂に行った。





ベルリンからワルシャワ行きの電車が遅れたうえに電車を乗り過ごし、深夜にローカルな駅に着いてしまい、親切なポーランド人に吹雪の中ホテルまで連れてきてもらった。日本人に生まれて初めて出会ったそうだ。先週の滞在でいい思い出がなかったので、こんな親切な人もいるのか、と最後の夜にやっとポーランド人を見直した。電車の中でも別のポーランド人の兄弟とノン・ストップで話をし、コーヒーやサンドウィッチまで奢ってもらい、楽しい時間を過ごすことができた。彼等とは5時間、本当に色んな話をした。

今回の旅先で出会った人々には本当に感謝している。



12/4/2005 「ソフィアにて」
先月末からソフィアに来ています。
風邪が長引き、完全に熱が出なくなったのはつい一昨日のこと。38度の熱がトータルで10日間も続いたのでナーバスになり、アスピリンで肝臓を痛めた嫌な過去を思い出しつつ病院の世話になってしまった。病院で血液検査、尿検査、レントゲンを終えて「検査の結果は自分でネットでチェックできます」と言われたのでPC開いてIDを打ち込んだところ、アクセスできず。便利なんだか不親切なんだか、、でもこれがヨーロッパなんだよね。

こんなことが起こってしまい、タフなプログラムを組んでいた演奏会は残念ながらキャンセル。ラフマニノフ「組曲2番」とラヴェル「ラ・ヴァルス」の2本立てを今やったらまた倒れそうなくらい身体が弱ってます。嫌な予感も見事に的中してしまったので、あとは無事に帰ることだけを考えて旅を続けます。

週末はゆっくり休みつつ「アパートメント」という、完全にNY/MPDのAPT.のパクリスポット(でもイリーガルなバーらしい)でハーブティーを飲んだり、映画を観たりして軽く外出。アジア人がもの珍しいのか写真を撮られまくってます。各シートにメニューが置いてあってウェイターがオーダーをとりに来る珍しい映画館は全指定席で良かったかな。観ようとしたハリーポッターが子供向けに吹替・字幕無で上映されてて理解できないのでDanny The Dogを選択。音楽がmassive attackだなんてそそられるよね。英国マフィアのちょっとストイックな映画でした。

明日から魅惑のトルコへ。イスタンブール便りをお楽しみに。

                                              →2005年11月