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11/26/2004 「ディール」

ここ一週間大変でした。愚痴を聞いてくれた方々、ご迷惑おかけしました。広い世界を知っている者は広い視野を持ってるんだなあと改めて思いました。そういう人の意見が聞けなかったらあのモヤモヤは晴れなかった。異文化を理解するということは永遠の課題です。「何も連絡がない」ということは「何の問題もない」という風に解釈をすべきなんですね。わかっていても、こんなことなら今後ディールしたくない、と本気で思った。短気でしょうか。

12月5日の演奏会は予定通り開催されます。思えばトラブル続きでこの数ヶ月良いことがありませんでした。今から緊張していますが聴きに来てください!宜しくお願い致します。



11/22/2004 「現実逃避」

衝撃のゲルギエフとウィーンフィルのチャイコフスキー第5番。この話は後ほどConcert reviewのページにアップするとして、今日は次の日の出来事を紹介。

欧米人と共演された経験のある方の99%は「ばらんばらんのリハーサル」を経験したことがあると思います。国民性の問題ですが、リハーサルのうちに完璧な状態にしておいて本番に挑みたい「心配性」な日本人とは正反対で、彼等は本番に集中力を最大限に発揮するためにエネルギーを貯蓄するようなのです。オケに限らず、室内楽でもリハーサルに準備万端の状態でやってくる人はまずいません。この感覚に慣れるまで、相当苛々するんだな。

ウィーンフィルの衝撃の演奏会の次の朝、同じくサントリーホールで公開リハーサルを聴きました。この日の夜にワーグナー「タンホイザー序曲」、プフィッツナ−「ヴァイオリン協奏曲」、そしてチャイコフスキー「悲愴」というプログラムで公演を控えていたので曲目通りにリハーサルは進んでいく予定でしたが、お目当ての「悲愴」はプフィッツナ−に時間をとられてしまったため、殆ど聴くことができず終い。殿堂入りのコンマス、キュッヘル氏のソロはブラボーものでしたが、交響曲好きとしてはちょっとがっかり。楽器を交換して吹いてみたりミスを続け、ふざける金管メンバーにゲルギエフがしびれをきらして渇!という光景あり。演奏中なのに後ろのプルトから「ここのボーイングどうなってんの?」(と言っていたかどうかは知らないが)とコンマスの方へ歩み寄ってきて明らかにゲルギエフを妨害しているヴァイオリン奏者もあり。あなた、今晩弾くんじゃないんですか(笑)?ボーイングどうこう言ってる場合ですか?・・・というように、ウィーンフィルの練習風景もこんなだったんですか、と思うとちょっと面白い光景でした。(そういえば昔、NYPのリハーサルでラローチャが「戴冠式」で落ちるという、貴重な光景も見たなあ・・)

しかし。噂によるとその日の夜の公演も大盛況だったとのこと。観客の力を得て初めて力を最大限に発揮する欧米人(+杉山氏)。リハーサル中は終始「アーテキュレーション!」と叫んでいたマエストロによる、いつになくメリハリの効いたウィーンフィルを味わうことができたウィーンフィル週間もこれにて終了です。来年はあの面白おかしいムーティさんと来日です。熱い。

さ、現実逃避もこのくらいにして練習しましょう。



11/15/2004 「ゲルギエフ・ウィーク到来」

笑えるくらい贅沢な一週間の始まりです。キーロフ歌劇場オケの『前代未聞レヴェルに凄かったらしい』カーネギー公演を入院していて逃し、病院で点滴の痛みと、楽しみにしていた演奏会に行けないという二重苦で大泣きしていたのが去年の夏。今年はそのリベンジ。3回観に行ってしまったMETのバレエ付「春の祭典」、「サロメ」に続いて3度目の生ゲルギエフ。今年は「椿姫」こそ逃したものの(ヴィオレッタ役がフレミングだった)彼の振るの公演は片っ端から聴いてやる、という気合の入り様でございます。明日16日は7ヶ月振りのゲルギエフに9ヶ月ぶりのウィーンフィルの組み合わせでJ.シュトラウスとチャイ5を楽しませていただきます。そして、今週はそれだけでは終わらない。17日(火)の朝にも生ゲルギエフしてしまうのですよ。これは、周囲の人々を巻き込んで集団応募した「青少年のための公開リハーサル」に結局自分の名前で応募したものだけが当選し、独り(!)で行くことになってしまったからなのです。巻き込んだみんな、ごめんなさい。あと10日で誕生日がきてしまうと年齢制限に引っ掛かってしまうものだから必死でした。そこらへんが「おばちゃん魂」剥き出しですね。

既にテンションが下がらない状態です。明日は家を出る前に念入りに耳掃除します!



11/12/2004 「読譜とは」

ここ数年で割と譜読みが速くなりました。「譜読みを早くする訓練は?」という質問をよく受けるのですが、これは答えようがないです。練習と同じで毎日の積み重ねなので沢山の譜を読んで訓練するしかないのです。

さて、今日のお題は「読譜」について。譜読みと読譜の何が違うの?と問われそうです。だけどこれは大違い。指に音をインプットすることが譜読みであり、頭で鳴らすことが読譜。譜読みの仕方にはそれぞれ個人差がありますが、(読譜の作業も同時進行でできるスバラシイ人もいます)私は和声を探るべく両手で機械的に音を追うことから入るので片手練習はしません。そして、音が掴めてきたら読譜の開始です。イメージした音を頭の中で鳴らし、自分の音楽を組み立てる作業です。読譜とは楽譜に書かれているすべてのものから作品を取り巻く背景や歴史、宗教や哲学etc..を含めたものまでを読みとることであり、演奏家にとっては終わりなき課題です。

先日、素晴らしいヴァイオリニストの伴奏をしました。本番直前の1回のリハーサルだけで完璧に心地よく弾いたのは久し振りです。伴奏の場合、協調に意識し過ぎて相手を探り合う演奏よりも、自信に満ちた統率力のある演奏についていきやすい。「伴奏をする時のしっくりこない感覚」はソリストの読譜力が欠けていることが決定的な原因だな、と感じました。ゴールの無い感性の世界。いかに楽譜から多くのものを正確に読み取れるかが勝負。そしてそれが魅力的な演奏へと繋がるのです。


満開のコスモス畑



11/4/2004 「グラウンド・ゼロ」



大統領選が終わり、ケリー支持率の高かったNYでは市民が怒りを爆発の様子?今日は朝っぱらから発番通知不可の電話がかかってきて現地人から選挙結果についてあーだこーだ言われて目覚めました。上の写真は現在のグラウンドゼロです。予定が早まり、去る7月4日の独立記念日から、コンペティションで採用が決まった「フリーダム・タワー」の建設が着工されているようです。現地でテロを体験した自分には十字架を背に向けたこのアングルが痛々しい・・・

マネス音楽院の親大学であるNew School Univ.の寮がウォール街(WTCの近く)にあり、渡米前アパートを探すにも当てもなかった頃、当然のように私も留学1年目だけはそこの寮に入寮する予定でした。しかし、運良く渡米直前に知人の伝手で学校の近くのアッパーウエストにアパートを見つけて即決、学校から地下鉄で30分もかかる寮に入る必要がなくなりました。新年度は9月からのアメリカ、ちょうど留学生活をスタートさせた頃に同時多発テロは起こりました。

テロ前日は授業が終わってから寮に住み始めた友達の部屋の整理をしに行き、その後当時WTC1階にあったクリスピー・クリームのドーナツを買って展望台へ。まさか次の日その展望台がなくなるとは夢にも思わず屋上でドーナツを頬張っていました。9.11の朝、飛行機が追突した音はアッパーウエストまではまったく聞こえなかったです。朝学校に着いたところで副学長が赤い顔を更に真っ赤にして「緊急朝礼するからホールに行け」と召集をかけていたので異変に気づきました。その日はボストンにいた家族がNYに来る日でもありました。電話回線のパンクで一時的に連絡が取れなくなり、かなり心配しました。ウォール街の寮はもちろん灰だらけ、しばらく立ち入り禁止。アパートを選んだのは本当に運が良かった。

コンペで採用されなかった安藤忠雄の案は鎮魂と反省の為に墳墓を築く、というアイデア。それもそのはず、世界の中心であるNYの中で「世界を動かしていた2本の高層ビル」に「墳墓」は動考えても経済的に無理な話。こういう発想にもお国柄の違いがよく表れますね。

最後に、アメリカン・ジョーク満載な選挙に纏わる映像をご覧ください。


                                               →2004年10月